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年齢、性別、人種など、様々な違いを持った人がはたらくようになった時代の中で、「多様性」という言葉がキーワードになることが増えてきました。遠州地域においても、いろいろな方がたくさん暮らし、はたらいています。
こうした多様性を受け入れ、広く人材を活用することで生産性を高めようとする「ダイバーシティ」という考え方も、少しずつ普及してきました。そんな取り組みをこの遠州地域で進めてきた、東京の企業さんがあります。
今回、ご紹介するのは「株式会社ひなり」さん。2010年に設立し間もなく10周年を迎えます。
本社を東京に構えるひなりさんの親会社は、IT企業の「伊藤忠テクノソリューションズ」という会社です。その『特例子会社』であるひなりさんでは、障がいのある方が働かれていて、ここ浜松オフィスでは地域の農家さんから農作業を受託しています。いろいろな農家さんに赴いて、農業のサポートをするお仕事。
作業を行っているアスパラ農家さんに取材に伺いました。最初にお話を伺ったのは、代表取締役社長の渡邊さん。今年の4月に就任されました。
特例子会社というのはどんな会社なんでしょう?
「なかなか聞き慣れない言葉ですよね。日本では従業員45.5人以上を雇用する企業は障がい者を雇用する義務があり、法定雇用率は現在2.2%です。事業主が障がい者の雇用を目的として設立した子会社のことを、特例子会社というんです。」
一般的には、親会社の清掃や福利厚生のためのマッサージなどの業務を請け負うことが多い特例子会社ですが、ひなり浜松オフィスの特徴は、農作業を請け負っていること。特例子会社の仕事として農業に特化することは、10年前には数少なかった取り組みだといいます。
「法定雇用率が上がっていく中で、障がい者スタッフの新たな職域を開拓していく必要があり、ひなりでは、農業分野に取り組んでいこう、ということになったんです。」
全国的に人手不足が課題となっている農業分野でスタートしたひなりさんの農作業受託は、通称「ひなりモデル」として農業・福祉の分野で次第に注目をあびるようになります。
様々な分野で人手不足が課題となっている現在、農業においても働き手の確保は大きな悩みとなっています。地域のおいしい農産物をもっともっと作っていきたいけれど、手伝ってもらえる人がなかなかいない。そんな農家さんにとって、ひなりさんの農作業受託が大きな力になっているといいます。
ちなみに、東京に本社を構えているひなりさんが、浜松にオフィスを開設した理由はどんなところにあったのでしょう?
「浜松を中心とするこの遠州地域は、とても農業がさかんな場所ですよね。特に、温暖な気候なので一年を通して様々な作物が作られていることが決め手のひとつでした。」
葉物や根菜、果樹など、いろいろな地域で季節ごとに様々な農産物が作られているのが遠州地域の特徴です。また、ビニールハウスの中などで一年を通して安定的に生産している施設栽培もさかんです。
「障がい者スタッフを社員として雇用するためには、一年を通して仕事があることが重要です。そういう点でも、浜松という地域は魅力的な場所だったのです。」
こうして浜松オフィスを開設したひなりさんは、現在7軒の農家さんと業務委託契約を結んでいて、日々、農場におもむいて依頼を受けた農作業を行っています。
「農家さんへは、障がい者スタッフ数名のチームで伺いますが、そのスタッフをまとめているのが健常者の『サポートマネージャー』です。サポートマネージャーは、農家さんと障がい者スタッフのつなぎ役として業務に取り組んでいます。」
現在、注目を浴びているひなりさんの農作業受託モデル。その事業には、サポートマネージャーのみなさんがとても大きな役割を果たしています。そんな橋渡し役の一人、三森さんにまずはお話を伺いました。
三森さんは入社して3年目。はじけるような笑顔で、話しているとこちらも笑顔になってしまいます。
「いい天気になりましたね〜、ここはハウスに高さがあるから風が通って涼しいほうなんですよ。」
三森さんは以前は高齢者福祉施設に勤め、お年寄りの介護などの仕事をしていたそうです。出身地は福島県いわき市で、東日本大震災も経験されました。浜松に住むようになったのは、震災後、浜松に住む親戚から声をかけてもらったことがきっかけだそうです。
同じ福祉に関わるお仕事をしていた三森さんですが、障がい者に関わるひなりさんに入社したのはどんな理由があったのでしょうか?
「学生の頃、障がい者福祉施設でボランティアをしていた経験があったんです。その福祉施設ではみんなでパンを作っていて、イベントなどで販売する時のお手伝いをしていました。」
その頃の充実していた思い出が、自身の中で忘れられなかったそう。
「みなさん、本当に純粋なんです。働く姿勢はいつも一生懸命だし、買ってもらえたパンをおいしいっていってもらえると心から一緒に喜べたりして。」
一生懸命働いて、仲間とともに喜びを共有できる。それは、はたらくということにとって一番自然なことなのかもしれません。
「施設に行くと、みんなが『三森さん今日も来てくれてありがとう』って。みんなに親しくしてもらえて、とてもいい思い出です。」
その後、ヘルパーの資格を取って福祉の道に進んだ三森さんは、ひなりさんに入社してから障がい者のサポートをする『職場適用援助者(ジョブコーチ)』養成研修も修了しました。現在は日々、障がい者スタッフさんたちとともに農作業に携わっています。
「今日は、みんなでアスパラを収穫しているんです。アスパラは上部に葉が生い茂るので、かきわけながら刈り取るんですよ。」
三森さんの丁寧な指示にそって、障がい者スタッフのみなさんは土から伸びたアスパラをてきぱきとカットしていきます。様々な長さのアスパラがある中で、一定の長さ以上になったものを収穫しますが、その長さの判断をする、ということが苦手な方もいるそう。作業をする時に迷わないよう、的確な指示をする必要があります。
「みんなが持っている、この針金で作ったモノサシ。これをアスパラに当て、モノサシよりも大きなアスパラを刈り取る、と具体的に伝えながら作業を進めます。」
農家さんから任された作業を、障がい者スタッフをまとめながら日々進める三森さんたちの役割は、とても重要です。農家さんが大切に育てた作物を預かるため、責任も大きいといいます。
「みんなが力をあわせることで、農家さん一人で作業するよりもたくさんの作物を収穫することができます。人手不足に悩んでいる農家さんからとても喜んでいただいているんです。」
三森さんが仕事をする中で、大変なことはどんなことですか?
「作業指示がうまくできなくて苦労することも多いです。スタッフ一人ひとりの特性を理解して、その人にあった指示をしなければなりませんから。」
そんな悩みを共有するため、社内では週に1回サポートマネージャーが集まってミーティングをしているそうです。それぞれにアイデアが違うこともあって、良いヒントが生まれることもあるといいます。
「自分がしっかりと指示ができたかどうかが重要になります。スタッフはみんな一生懸命に作業をしてくれますが、僕の指示が分かりやすいものでないと、力を発揮できないから。」
そんな中で、みなさんの力が大きな成果に結びつくこともある。
「昨日できなかったけれど、今日できることもあるんです。例えば、昨日は半分しか収穫できなかったのに、作業を改善することで、今日はこんなに収穫できたとか。そういうときはみんなですごく喜びます。」
三森さんにとって、自分自身やスタッフみなさんのそうした成長を感じられる瞬間が、一番嬉しいといいます。また、そんな時は農家さんも一緒になって喜んでくれるそうです。
「『今日はよくがんばってくれたね、みんなありがとう』って。そういってもらえると僕もスタッフもとても嬉しいです。」
「僕自身もまだまだ未熟です。試行錯誤することも毎日だし。だから、スタッフのみんなに助けられることも多いんですよ。」
いつも笑い合うことで、みんなが楽しくはたらける環境をつくっていきたいという三森さん。みなさんと元気いっぱいに作業されている姿が印象的でした。
続いて、お話を伺ったのは鈴木健容(たけひろ)さん。
「僕が入社したのは2014年の12月なので、5年目になりますね。いつの間にか経験も長くなってきました。」
健容さんは、サポートマネージャーの中でも経験が長く、社内でも頼りにされている存在です。ひなりさんに入社したきっかけは、なんだったのでしょう?
「昔から、ボランティア活動を行っているNPO法人に所属していて、小学生の子どもたちの山登りやスキー教室など、自然に触れ合える体験教室を催しています。そういう活動に関わることは、昔から好きなんです。」
ひなりさんでの仕事は、そうした活動にも通じるものがあると考えた健容さん。自分が力になれることがあればと入社したそうです。とはいえ、障がい者さんたちのサポートをするような仕事は、はじめてのこと。実際に働くようになってどうでしたか?
「障がいは個性の一つともいわれますが、僕も実際に働きだしてみて、確かにそうだなと感じる場面が多くあります。例えば怒りっぽい人がいたとして、精神障がいのある方との違いは?って。自分も含めて、障害特性も性格も、そんなに違いはないと思います。」
健容さんが主に担当しているのは、浜松市内でブロッコリーの栽培をしている農家さんや、袋井市のメロン農家さんの作業です。農業の大変さも、入社してから感じたことの一つだそう。
「思った以上に本格的な農作業だな、と(笑)。農家さんでは、雑草取りから、メロンの網目がきれいに出るよう表面を磨く作業まで、いろいろな作業をさせていただいています。」
NPOでの活動に長く関わってきた健容さんですが、それほど体力に自信があるわけではないのだそうです。だからこそ、体調には人一倍気を使っているそう。
「一年中作業がありますから、暑い中、寒い中での作業も多いです。ですから、自分を含めて、みんなの体調管理にはすごく気をつけています。こまめに休憩をとったり、体調の変化がありそうだったら早めに声をかけたり。」
また、健容さんは、障がい者スタッフさんたちの作業を助ける道具(治具=じぐ)を作ることも多い。三森さんがアスパラの収穫で使っていた針金で作ったモノサシも治具のひとつです。
「これはオクラの収穫をするときに使う治具です。長さの指標になるガイドを引いたり、扱いやすいように手をかけられるようにしたり。」
木材やゴムなど、身の回りにあるものを工夫して作る。こうした治具が、作業現場で、大きな助けになるそうです。中には、「これは作業がしやすくなるね」と、農家さんにもいってもらえることもあるそうで、サポートマネージャーの工夫が、作業現場に良い影響を与えているのだと思います。
「そもそも自分たちが作物や農作業のことをわかっていないと、作業手順を上手に伝えることができないんです。だから農作業のことも、一つひとつ自分で理解しながらですね。」
そんなふうにして広がってきた、ひなりさんの農作業受託のお仕事。任せてもらえる作業が増えてきていることが、健容さんにとって嬉しいといいます。
「一人ひとりのできることを増やそうという目標を掲げて指導しています。以前は、できる仕事をしていたことも多かったですが、できることが増えていくことで、みんなの自信にもつながっていくと思います。」
農家さんと障がい者さんたちの間に立って働くサポートマネージャー。健容さんにとって、やりがいはどんなところにありますか?
「スタッフのみんなは、とにかくなんでも一生懸命に取り組みます。純粋に目の前の作業に取り組んでいる。その姿を見ているから、自分自身もがんばれているんだと思います。農作業は大変なこともたくさんありますが、みんなで成長しあいながら続けられていると思います。」
そういう姿を見ながら働けていることが、自分にとっての働きがいだと思う、という健容さん。経験も長くなってきたからこそ、これからのひなりさんが果たすべき役割についても、自問自答しているように感じました。
最後に、お話を聞いたのは鈴木江里香さん。今日はトマト農家さんでの作業をしていたそうです。
「都田町にある長いお付き合いの農家さんのところで。ちょうど今日の日報をつけようと思っていたところなんですよ。」
入社して4年目という江里香さんは、以前は、車の部品を作る工場で生産管理や経理などをしていたそうです。転職されたきっかけは?
「前の会社も長くなってきて別の仕事を考えていた時に、ここで働いていた知人に誘ってもらったんです。元々スポーツをしていたこともあって身体を動かすのは好きでしたし、農業に携われるのもいいかなって。」
こんな仕事があるんだよ、と勧められて興味を持つようになった江里香さん。入社してからは、障がい者をサポートするジョブコーチの資格も取得しました。でも、以前の仕事とは全く違う仕事。不安はなかったのですか?
「最初はどう接すればいいのかとか、プライベートなことにどこまで踏み込んでいいのか、なんて思っていたんですけど、むしろみんなから私にどんどん興味を持って話しかけてくれて。」
入社して早々、障がい者スタッフのみなさんが、何が好きなの?休みの日は何しているの?などいろいろなことを聞いてくれて、すぐに打ち解けられたそう。相手が興味を持ってくれると、こちらも接しやすく、不安もすぐになくなったそうです。
そんなスタッフさんたちとともに行う農作業ですが、実際に働いてみてどうでしたか?
「障がいのあるスタッフは三者三様で、同じ言葉では伝わらないこともあります。だから言葉を変えたり、表現をかえたりと工夫しています。きちんと特性を把握して作業指示をする必要もあって、すごく奥が深いです。」
専門的な仕事に感じられる一方で、ひなりさんで働いているサポートマネージャーは経験者だったわけではありません。入社後みなさんジョブコーチの養成研修を受け、働きながらいろいろなことを覚えていくそうです。
「障がいのあるスタッフは、苦手なこともあるし、得意なこともある。人によっては、わたしたちにはないすごい力をもっている方もいます。」
例えば、野菜をカットする作業がとても早く、江里香さんたちにはとても真似できないようなスピードで作業ができる方もいるそうです。
「農家さんの商品を預かる大切な仕事なので、正確さも必要です。そういう個性を伸ばしながら、農家さんからの請け負った仕事がきちんとできるかは、私たちにかかっているんです。例えば、A・B・Cという作業があれば、スタッフごとに得意な作業が違いますし、もっというとAのうちの最初のこの部分だけ、とか。作業を分解していくことで、能力が発揮できることもよくあります。」
得意なこと、苦手なことがそれぞれにあり、補い合いながら仕事を進めていく。それは、まさにチーム力だと思います。特性を見極めながら、個々の能力を最大限に引き出すことが、大きな力になるのだと思う。
「日々、試行錯誤ですけどね(笑)。でも、できること、得意なことにおもいきり取り組んでもらえるように。いつもそう考えています。きっと、まだまだ発揮できていないみんなの力もあると思うから。」
農作業に幅広く関わるだけでなく、障がい者を支援し、チームをまとめるサポートマネージャーのみなさんは、きっとどんな役割もこなしていける人材なのだと思います。
「日頃からミーティングなどで、『スタッフのためだからやろうよ』という言葉がサポートマネージャーから出ることが多いんです。それってすごいことだと思うんです。」
そうあらためて話すのは、渡邊社長。そんなサポートマネージャーを支えるために、今後は様々な分野の専門家とも連携する考えだといいます。
「契約農家さんとお話をする機会があると、『みんなほんとにがんばってくれてるんだよ』といってくださいます。がんばってくれている社員が、ひなりの財産です。これからも、もっとこの地域の農家さんたちの力になれるように、取り組んでいきたいと思っています。」
様々な人がはたらくようになるこれからの時代。それぞれの持つ個性を伸ばし、サポートするみなさんの仕事は、社会の中で大切な役割を担っていくのだと感じられました。
■株式会社ひなりのホームページはこちら
「株式会社ひなり」→ http://www.ctc-g.co.jp/hinari