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「ものづくりの街」といわれる浜松市は、産業がさかんで、資源も豊富な地域です。農林水産業から繊維、楽器、自動車産業まで、これほど多彩な産業が育まれている地域は全国でも多くはありません。
こうした様々な地域資源をもとに、起業する方が多いのも浜松ならではかもしれません。夢を持って自分の好きなことに取り組むことができる、そんな地域ともいえるのではないでしょうか。
今回ご紹介する浜松発のブランド「HUIS(ハウス)」さんは、浜松の伝統的な生地をもとにしてスタートしたアパレルブランドです。
商品が展示されているショップでお話を伺ったのは、HUIS代表の松下あゆみさん。
「ブランドをスタートしたのが約4年前になります。少しずつですがHUISのことを知っていただけるようになり、全国のいろいろな地域で商品をご覧いただけるようになりました。」
HUISさんは、繊維の産地・浜松で織られる『遠州織物』を使ったアパレルブランドです。着心地の良い上質な生地とシンプルなデザインが特徴で、幅広い世代にファンが広がっています。
「浜松は高品質なシャツ生地の産地として、アパレル業界ではよく知られている地域です。私も浜松に住むようになってから知ったことだったのですが、国内有数の繊維産地として歴史のある地域なんです。」
あゆみさんは兵庫県の出身で、結婚を機に浜松に移り住まれました。ブランドをスタートしたのはその数年後。今では全国に30店以上の取扱店があり、その世界観と品質から人気が広がっています。
ブランドを立ち上げたきっかけはどんなところにあったのでしょうか?
「元々、夫婦ともに洋服が好きで、結婚する前は休日に遊びに行く先といえば洋服屋さん巡り、なんて暮らしをしていました。そんな中で、自分たちが憧れるようなブランドの洋服に、浜松の生地も数多く使われているということを知ったんです。」
「趣味が高じて」という表現が近いのかもしれません。HUISさんで主に使われているのは、細い糸を高密度に織った、きめ細やかで肌触りの良い生地。こうした生地は、私たちがよく知る高級ブランドのシャツ生地としても多く使われているそうです。
「漠然と、身近にあるこんなにすごい生地を何か形にできることがあればいいな、という思いはありました。そんな中で、ブランド立ち上げの直接のきっかけとなったのは、たまたま知り合いの方が、遠州織物工業協同組合の松尾事務局長さんを紹介してくださったことなんです。」
遠州織物工業協同組合は、遠州地域の機織り工場が組合員となって組織する組合で、松尾さんは事務局長としてそのとりまとめをされている方。繊維産業のことに精通されている松尾さんと知り合うことができたのは、起業の大きな力になったのだと思います。
遠州織物に興味を持つようになったあゆみさんは、松尾さんから遠州織物のことを詳しく聞かせてもらえるようになったそう。
「組合の事務所では、遠州の機屋さんが織るたくさんの生地が展示されていて、それぞれに特徴のある生地をいろいろ見ることができます。何度か訪れて様々な生地を見る中で、『シャトル織機(しょっき)』という古い機械で織られた生地の特別な風合いに惹かれたんです。」
そこで出会った生地は、遠州織物工業協同組合の理事長も務める古橋織布さんの生地。今では使われることの少なくなった古いシャトル織機は、ゆっくりと時間をかけて織ることで豊かな風合いを生み出すことができ、アパレル業界でも特に高品質な生地として知られているそうです。
こうした生地の品質を感じとることができたのは、あゆみさんが数多くの服地を見てきたからでもあると思います。
「肌触りの良さや軽さ、そして生地表面に立体感のある独特の風合いは、他にはないと感じました。それは、古い機械を使い、ゆっくりと織るからはじめて生まれる生地なのだということも、そこで教えていただくことができました。」
こうして古橋織布さんとのつながりが生まれたあゆみさんは、ブランドスタートへの舵を大きくきることになります。
現在、商品の全ての生地を古橋織布さんで仕入れるHUISさんでは、商品の1点1点に対してオリジナルの生地企画を行っています。既製の生地を使うことが一般的なアパレル業界において、こうしたことは珍しいそう。
直接機織り工場を訪れ、コミュニケーションをとりながら自分たちのイメージする生地を企画できるのは、繊維産地で暮らしながらブランドを展開できるからこそ、というあゆみさん。
「もともと洋服が好きということもあると思いますが、松尾事務局長から産地や生地に関するいろいろなお話を聞かせていただけたことが、大きな力となりました。遠州織物に、本当に愛の溢れた方なんです(笑)。親身にお話を聞いてくれて、サポートしていただけたからこそ、今のHUISがあると思っています。」
組合を通してパートナーとなるパターンナーや縫製業者さんともつながりが生まれ、ブランドをスタートしたHUISさん。とはいえ、起業をすることに不安はなかったのですか?
「個人ではじめたブランドですので、もちろんそんなに大きな規模では始められませんでした。最初は自分たちが大好きだった白いシャツを一つ作り、それを補うようにして少しずつラインナップを増やしていきました」
こうして活動をスタートしたHUISさんは、地元のカフェやオンラインストアで販売をするほか、地域内外で行われているイベントなどにも数多く出展していきました。
元々、イベント巡りも夫婦の共通した趣味だったというあゆみさんは、こうしたイベントに参加できることだけでも楽しかったそう。また、ブランドを始めてから知ったことも、たくさんあるといいます。
「展示会などに出ると、服飾に精通したバイヤーさんや、他の繊維産地の関係者の方などがブースを訪れてくれることがあるのですが、私たちが感じている以上に、生地の特別さを感じていただくことがよくあります。『こんな生地を生産しているところがあるのか』と驚かれることがあったり。」
効率を求めて高速で織られるようになった最新式の織機では、生み出すことの難しい特別な風合い。それは、シャトル織機を使って時間と手間をかけるからこそ生まれる特別なもの。こうしたことは、アパレル業界や繊維業に長く関わっている方ほど深く理解していただけるのだそうです。
「一般的な流通の中で生地を仕入れることに比べ、私たちは機織り工場で直接仕入れることができるので、こうした生地を使っていても価格を大きく抑えることができます。そんなことにも驚かれることが多いのですが、私たち自身もあらためて遠州で生まれる生地の素晴らしさを感じることができる機会なんです。」
そんな生地が身近にあることに、幸せを感じられるというあゆみさん。たしかに、ものづくりにこだわるほど、細かな部分にまでイメージを浸透させていきたいものなのだと思います。日頃からコミュニケーションをとることができる環境は、商品づくりにおいても大きな強みだと感じます。
ブランド運営、と一口に言いますが、普段はどんな仕事をされているのですか?
「HUISの場合は、生地を企画し、商品を製作するところから、取扱店への卸売、百貨店などの催事への出展、ショールームやオンラインストアでの直接販売などまで、幅広い範囲の事業を行なっています。一般的にアパレルメーカーは、既存の生地を仕入れて商品を作り、取扱店に卸売りするまでが仕事ですので、製作における生地の企画から販売まで携わることは珍しいと思います。」
直接、機屋さんを訪れては、シーズンごとのテーマにあった生地を打ち合わせることも多いそう。また、お客さまへの直接販売に力を入れているのも、HUISさんの特徴。
「私たちの仕事は『伝える』作業の連続なんです。商品づくりについては、パターンナーや縫製業者さんなど信頼するパートナーに自分たちのイメージを伝えることで、意図するものを作り上げて行く仕事。また、販売の現場では、お客さまに遠州織物という産地の背景や、生地としての品質を伝えて行く仕事です。」
川上から川下まで全てに関わっているから、情報や価値を正確に伝えることができる。そして、統一したブランドの世界観を作ることにもつながる。産地に根ざしたHUISさんのスタイルならではなのだと思います。
直接販売にも力を入れるHUISさんでは、現在、全国の百貨店やセレクトショップなどのイベントに数多く出展されています。一方、3人のお子さんを育てながらブランドの代表を務めるあゆみさんは、3人目のお子さんがまだ0歳ということもあり、子育てもお忙しい時期。そのため、実際のブランド運営は夫の昌樹さんとともにされています。
続いてパートナーの昌樹さんにお話を伺いました。
元々は市役所にお勤めだったという昌樹さんは、今は別の会社に勤務しながら、あゆみさんのブランド運営をサポートしています。
お二人の役割は、あゆみさんが洋服のデザインを担当し、昌樹さんは販売戦略や、イベントの企画調整、情報発信などを担当しています。『作る』ことを専門とするあゆみさんに対し、昌樹さんは『伝える』ことを担っています。
「もともと、僕たちは自分たちのイメージを形にするということが好きなんです。最初のきっかけになったのは、自分たちの家を建てた時でした。」
ブランドスタートのきっかけにはなったひとつが、自分たちの家づくり。5年前に建てられたご自宅は、昌樹さんの同級生である建築士の友人に依頼して建てたものだそうです。
ブランド運営と家づくり、一見別々のように感じますが、共通する部分はどんなところにあるのでしょうか?
「家を建てる時って、大工さんや、左官、配管、電気設備など、いろいろな専門の業者さんたちと作り上げて行きますよね。建築士さんが設計をし、工務店さんがその窓口になってくれるのですが、実際に形にしてくれるのは、様々な分野の専門家のみなさんです。」
自分たちのイメージする暮らしを形にするため、専門家の方々とともに取り組んで行く作業。企画し、様々な調整をしてものを作り上げて行く工程は、ブランド運営と共通しているといいます。
「おそらく一生に一度のことだと思いますし、自分たちの家もすごくこだわって作りました。照明一つ決めるのに、仕事が終わってから夜通しで建築士の友人と打ち合わせるなんてこともありました。平日でも、毎日のように現場を確認に行ったりして。そんな施主は、あまりいないかもしれません(笑)。でも、そんな作業の連続が楽しくて。」
『HUIS』というのはオランダ語で『家』という意味。ブランド名には、実はそんな意味も含まれているという昌樹さん。ボタン一つを決めることにも、同じようにこだわりを詰め込んでいるそう。
「自分たちのイメージする暮らしというものがブランドの基にあるんです。だからなのか、ライフスタイルをコンセプトとするブランドやショップさんなどとコラボレーションさせていただく機会が多くあります。」
例えば、HUISさんのショールームは「garage」さんというお店の一角にあり、garageさんは植物やインテリア雑貨を通してライフスタイルの提案をされているお店。そういう気持ちはどこか自然に共通すると思う、という昌樹さん。
「HUISの取扱店さんには、陶器を扱うお店や、中にはサーフショップなどもあります。一見、とりとめもないようで、共通している軸のようなものがあるんです。」
はじめに作った白シャツは、子供用のシャツと共通したデザインで、家族みんなで着られるシャツ。今でも定番のモデルとなっているそうです。HUISさんが提案する、暮らしの形が感じられます。
昌樹さんは、写真撮影、ホームページやSNSなどを使った情報発信、パンフレット・POPなどの制作などを担われています。HUISのブランドコンセプトは、『日々の暮らしに馴染む、上質な日常着』。メッセージを一環して伝えるためのツール作りも、ブランド運営では大切だといいます。
「これだけ柔らかく着心地の良い生地ですが、耐久性が高いことも特徴なので、日常着として毎日のように使うことができます。そんな衣服を身につけて、日常を過ごせることはなにより贅沢で、幸せなことだと思うんです。」
全国各地で行われている百貨店などのイベントに出展すると、売り場に並んだ商品をふと手に取ったお客さまが肌触りのよさに驚かれることも多いそう。実際に着てもらうことで、心地よさをより実感してもらえる瞬間が嬉しいといいます。
「なかなか試着ってしづらい人も多いと思うんです、試着すると買わないといけない気がしちゃったりして。でも、袖を通してもらうことで必ず実感していただけるから、それを感じていただけるだけでも十分なんです。だから、僕は買わなくても大丈夫ですから、試着だけでもしてくださいってよくいうんです(笑)」
そんな活動を通して、常連さんになってくれるお客さまは年々増えているのだとか。たしかに、こうした生地の気持ちよさは一度味わうと、他に変えられないものなのだと思う。遠州織物のファンが全国に広がって行くことは、地域に住む私たちにとっても、誇らしいこと。
お二人の共通の趣味でもあった洋服。あゆみさんと昌樹さんが起業した中で、目に見えない苦労もきっとあったと思いますが、やりがいも多くあると思います。これから先、どんなブランド展開をしていきたいと思いますか?
「服のデザインについては、私たちの好きなものを作らせてもらっていて、それはなにより楽しいことです。それと同時に、私たちは服を通して、生地づくりの技術と産地の想いを伝えていると思っています。肌触りが良いとか、軽くて着心地が良いとか、丈夫だとか、それは触れたり着たりすれば感じられることなのですが、それだけでは古橋織布さんの生地の価値を伝えられてはいないんです。」
それは、実際に販売の現場で感じていることだというあゆみさん。ブランドスタートした当時、最も苦労したことでもあったそうです。手に触れて、なんとなく気持ちがいいな、ということは感じていただけるけど、それ以上の印象はない。
「私たちが使わせていただいている生地は、これだけの技術とかけた時間があって、はじめて生まれる生地なのだということ。効率化の時代の中にあって、旧式のシャトル織機を使い続ける古橋織布さんの志が、唯一無二の生地を生み出しているのだということ。そうしたことが伝わって、だからこうした特別な機能を持つのだと、お客さまに理解していただけた時に、はじめて代えがたい価値になるんです。だから、私たちは伝え続けることが必要なんです。」
現在のアパレル業界において、販売の現場でこうしたことを伝えるのは難しいことだといいます。一般的に、販売を担う方が産地や機織りの現場を知る機会は、多くはありません。
「生産から販売まで、分業化が進んで行くほど、それは自然な流れだと思います。ただ、こうした流れの中で、国内で作られる良い生地の需要は少なくなっていきます。それは、全国の生地産地が共通して抱えている課題だと思います。」
「一方で、品質にこだわるブランドももちろんたくさんあります。また、産地発のブランドも全国で少しずつ生まれてきました。私たちも交流させていただいている他産地のブランドさんもあって、そうした活動は力強く感じています。技術と品質を伝えることができる、これからのアパレルブランドのひとつの大きな形だと思っています。」
産地の資源をもとにする、産地発ブランドだからこそ伝えられること。こうした流れは、全国で次第に大きくなっていることを感じているといいます。
「地元のものを使うということに共感いただくことは多いのですが、遠州に住むわけでない多くの方にとってそれ自体に大きな価値があるわけではありません。大切なのは、遠州で培われた技術と、それにより生み出される生地が『心地よさ』をもたらす多くの機能をもっていることです。」
それは、遠州の職人のプライドが生み出すもの。生地品質の本質をしっかりと捉え、産直によるものづくりをすることで、適切な価格の商品を多くの方にお届けできることが、遠州織物を使う、遠州発のブランドの大きな意味だと思うというあゆみさん。
「なにより、私たち自身が古橋織布さんの生地の一番のファンなんです。シャトル織機が生み出す生地に出会ったときの感動が、いつでも原点です。これからも、遠州という産地発のブランドのひとつとして、がんばっていきたいですね。」
洋服のことが誰よりも好きだからこそ、表現したいことがある、伝えたいことがある。そして、繊維業に携わる立場でないから、客観的に捉えられることもあるのだと思います。
たしかなのは、遠州という地域に育まれた大きな資源があるということ。風合い豊かな生地が、今もここでたくさん生み出されています。
新たな感性で全国に発信し続けるHUISさん。その活動は、この地域に住む私たちにとっても、とても楽しみに感じられました。
■HUIS(ハウス)のホームページはこちら
「HUIS」→ https://1-huis.com