新たまねぎ

2014.04.02

毎年、お正月明けから出回る新たまねぎは、そのみずみずしさと生でも食べられる甘さで、早春を告げる旬の味覚です。遠州地域の篠原地区は新たまねぎの全国的な産地。水はけの良い砂地の畑はたまねぎ栽培に適し、大玉でやわらかなたまねぎが育ちます。

【第1話】

産地になるまで

西周りで伝わったたまねぎ。

たまねぎの原産は中央アジア。その野生種は発見されていませんが、古くから栽培がされていた食べ物で、紀元前のエジプトではニンニクとともに労働者に配られていました。

不思議なことに原産地から東へは伝わらず、西側のヨーロッパにのみその栽培が広まりました。東ヨーロッパでは辛みの強い品種が、南ヨーロッパでは生食用に甘みの強い品種がそれぞれ広がり、二つの系統ができました。これが現在のたまねぎの原型となっています。

これら二つの系統のたまねぎはさらに西へ西へと進み、16世紀、大航海時代にアメリカ大陸へ伝わります。この時代、トマトやトウモロコシなど、東へ伝わった食べ物は有名ですが、たまねぎは逆回りでした。

観賞用から食用へ。

西へ西へと広まった玉ねぎ。日本へは江戸時代に南蛮船により長崎に伝わりましたが、このときはもっぱら観賞用として伝わりました。食用としては、日本ではすでに、長ネギが栽培されていたのです。

食用のたまねぎが、本格的に日本に入ってきたのは明治時代。その経路は二つあり、ひとつはかの有名なクラーク博士に同行した、W.Pブルックス農学博士が北海道に持ち込んだもの。そしてもうひとつは神戸の外国人居留地に住むアメリカ人から手に入れた泉州の農業家が栽培を始めました。
明治時代の文明開化による食生活の変化とともに、たまねぎも日本人に馴染みの深い野菜となっていったのです。

パリの香り漂う、早生の白たまねぎ。

現在、遠州地域で特産となっている「新たまねぎ」。秋蒔きの早採りのたまねぎで、白たまねぎや黄たまねぎなど、いくつかの品種があります。毎年、1月から4月まで、早い春を告げる旬の味として知られます。「サラダオニオン」とも呼ばれ、その名が表す通り、辛みがほとんどなく、生食にぴったりの品種です。

新たまねぎの中でも最も早い1月から2月に出荷される、白たまねぎの故郷はフランス。元々は「ブラン・アチーフ・ド・パリ」というフランス語の名前がついていました。フランス語で「ブラン」は「白」、「アチーフ」は「早熟の」という意味。「パリの早生白」といったところでしょうか。パリの人たちがこの白たまねぎを食べていると思うと、心なしか、少しおしゃれに見えます。

大正初期、愛知県の知多半島にもたらされたこの早生の白たまねぎは「愛知白」と名を変えて栽培が広まりました。その「愛知白」が遠州地域の篠原地区に伝わったのは大正後期。知多半島と同じく、海に近く温暖で、水はけのよい砂地だったことがこの地に「愛知白」が根付いた背景と言われています。

参考:浜松情報Book
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