さつまいも

2014.09.03

ほくほくとした自然の甘さに顔がほころぶ秋の味覚と言えば、【さつまいも】。焼き芋や大学芋などのお馴染みのおやつのほか、「からっ風」が吹く遠州地域では、古くから干し芋作りも盛んです。また、遠州灘の砂地で育つさつまいもは、7月から8月に収穫する「早掘り甘藷(かんしょ)」としても有名です。

【第1話】

産地になるまで

新大陸発見か、それ以前か。さつまいもの世界伝播。

さつまいもは紀元前3千年以前より、栽培されていたと言われるほど、歴史の古い野菜です。原産地はメキシコを中心とする熱帯アメリカ。そこから、新大陸発見によりヨーロッパ人がさつまいもをヨーロッパへ持ち込み、さらに、ヨーロッパ諸国の植民地であるインド、東南アジア、中国などへ広まったという説が一般的です。

その一方で、ヨーロッパ人の新大陸発見以前に、すでに南太平洋のポリネシアの国々に、さつまいもが伝わっていたという説もあります。痩せた土地でも良く育ち、病気や日照りにも強いさつまいも。少々過酷な旅でも、新しい土地にしっかりと根を下ろしたとしても不思議ではありません。

ちなみに、ヨーロッパ大陸では寒冷な気候のため、伝来後はあまり栽培されませんでした。丈夫なさつまいもも、寒さにだけは、かなわなかったようです。

日本への伝来と、御前崎の「いもじいさん」。

日本には、16世紀後半に宮古島に伝わったのが最初とされます。17世紀には、薩摩から九州全域に広まって、さかんに栽培されるようになりました。そこから本州へ広まったのは江戸時代に入ってからです。丈夫な性質を生かして、飢饉の際の貴重な食糧として栽培されました。

そんな中、遠州地域にさつまいも栽培が広まる「きっかけ」となった事件があります。江戸時代中期、遠州灘の御前崎沖で薩摩藩の御用船「豊徳丸(とよとくまる)」が座礁し、その船員たちを御前崎に住む大澤権右衛門(おおさわごんえもん)親子が助けました。権右衛門は薩摩藩からの謝礼金20両を断り、その代わりに3種のさつまいもと、その栽培方法を伝授されたとのこと。

この事件以来、遠州地域にさつまいも栽培が普及したと言われています。御前崎市にある海福寺には、今でも「いもじいさん」こと大澤権右衛門の碑と供養塔があります。

遠州灘の砂地で育つ、早掘りのさつまいも。

「いもじいさん」によるさつまいも栽培の普及から240年。現在、遠州地域のさつまいもは、主に遠州灘の砂地で栽培されます。

9月から11月の出荷が一般的なさつまいもですが、地温が高くなる砂地で育つ遠州のさつまいもは、7月から8月に出荷される「早掘り甘藷(かんしょ)」(※)として有名です。産地の中心は浜松市の篠原地区。この地域では、新春の名産品・新たまねぎと組み合わせての栽培が定着しています。

(※)甘藷(かんしょ)はさつまいもの別名です。
参考:浜松情報Book、御前崎市ホームページ
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