遠州ブランドスピリッツ

STORY

「直して使い続ける」文化を育てる

2014.09.04
■インタビュー/株式会社スプラウト 取締役社長 上林 健

家庭用の椅子から車のシートまで、布素材の縫製・張り替え全般のスペシャリストであるスプラウト。日本では、古くなったら捨てることが、物に対する主流の考え方だが、欧米では「修理して使い続ける」文化がある、と代表の上林氏は言う。そんな物を大切にする文化を、日本に根付かせることができるのか?創業7年目を迎えたスプラウトの始まりから、今後の展望までをきいてみた。

【第1話】

偶然の出会いが導いた、運命の仕事

きっかけは、家族が決めた面接試験

Tスプラウトさんは椅子の座面などの縫製をされているとのことですが?
上林はい。一般家庭の食卓椅子から店舗、公共施設の椅子などの張り替えを行っています。自動車シート、バイクシート、自転車のサドルなど、布が張ってあるものであれば、全般的に行っています。起業して、今年で7年目になります。
T会社を始める前は、どちらかで修業をされていたのですか?
上林独立する前は、新幹線の椅子を製作している会社で、量産前の試作品を作っていました。新幹線の椅子はとてもシビアな作業でしたので、そこでいろいろな技術が身に付きました。
Tかなり特殊な仕事だと思いますが、何か「きっかけ」があったのですか?
上林実は、たまたまなのです。学校を出てフリーターだったときに、姉がその会社で働いていたこともあり、親が面接の申し込みをして、それで採用されたのです。初めは新幹線の椅子を組み立てるラインにいたのですが、その後、24歳ぐらいのときに、型取りをする特殊な部署に異動することになりました。
Tそうだったのですね。

職人師匠のもとで始まった、格闘の日々

上林その部署は、最年長の職人の方がとても厳しくて、辞めていく人が結構多かったのです。
Tどんな感じだったのですか?
上林当時、職人さんは60歳後半か70歳ぐらいだったのですが、やり方を教えてもらったことは一度もなくて、「見て覚えろ!」という感じでしたね。それでも何とか作って、「できました」と見せたら、「そんなもん、お金取れるか!」といきなり破られてしまったり(笑)。
T強烈ですね!
上林はい、本当に(笑)。毎回、椅子を投げられて「これをやっといて」という感じでした。
T他のスタッフさんはいたのですか?
上林いえ、2人だけです。他の人は脱落していったので、聞く人もいませんでした。僕が勤めてからでも、その部署で5人は辞めていました。そんな中で、僕だけは何度破かれても、作り直していました。ですから、その頃は毎日お風呂に入りながら、どうやって作るか悩んでいましたね。

認められた努力と、迎えた一人立ちの日

T仕事を辞めようとは、思わなかったのですか?
上林サラリーマンなので、懇願して部署を移れるとも期待していなくて「何とかするしかない」と思っていました。それに、姉も働いていたので、メンツをつぶすこともできず、逃げ出すこともできず・・・。

そんな感じで続けていたら、1年ぐらいで話を聞いてくれるようになりました。最後に、「おまえ、独立しろ」と言って送り出してくれたのも、その職人さんです。その会社には8年間勤めたのですが、新幹線の椅子がないときは、普通の家具で型取りの練習をしていたので、独立する頃には、どんなものでも張り替えられるようになっていました。
T最後は認めてもらえたのですね。
上林そうですね。その方は、もうその会社は辞められたのですが、いまだに職人として現役で仕事をされています。ここにも時々遊びに来てくれて、「暇だから俺を使え」なんて言ったりして(笑)。ですので、今では仲良くさせていただいています。

つづく






■PROFILE

株式会社スプラウト

古くなった椅子の座面やソファ、車のシートの張り替え修理を、カスタム・オーダーで。見た目を綺麗にするだけでなく、中に入れるクッション材を調整することで、好みの座り心地に仕上げることもでき、モノを大切に長く使い続けるためのサービスが充実しています。

■ホームページ:http://sprout.co.jp/

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