しらす

2014.05.14

春から秋にかけて、暖かい時期に黒潮に乗って太平洋を北上してくる「しらす」。その名の通り、白く小さな身のひとつひとつに、海の恵みがぎっしりと詰まっています。遠州随一の漁港・舞阪港では、約100艘の船によるしらす漁が行われています。

【第1話】

産地になるまで

しらすの旅の通り道・遠州灘。

しらすは、カタクチイワシやマイワシなどの稚魚。大きさで言うと、体長2cmほどまでが「しらす」と呼ばれています。イワシは海岸近くから沖合いまでの海面付近に生息し、大きな群れをつくって回遊する魚です。春から夏にかけては南から北へ、秋から冬には北から南へと、海流にのって大洋を旅しながら、エサとなるプランクトンを食べているのです。遠州灘は、そんな彼らの旅の通り道。大きな自然の流れの中で、私たちも海の恵みをおすそ分けしてもらっている、というところでしょうか。

網と船、道具の改良とともに発達したしらす漁。

遠州地域でのしらす漁は古くから行われていました。今から約280年前、江戸時代中ごろの文書に、すでにしらす漁に使う網が発達していたことがうかがえる記録があります。明治初期には、さらに改良されたしらす専用の網が開発されたようですが、漁の規模はまだまだ小さく、取引も地元の問屋で行われていただけでした。

その後、1918年(大正8年)に手漕ぎの舟に動力をつけ、一度に3隻の舟を沖合まで引いていき、漁をするようになりました。その結果、往復の時間が短縮され、漁獲量が増えたそうです。現在のように、2つの船の間に網を渡して漁を行う、2艘引き漁が始まったのは昭和のはじめ頃です。

小さくて、鮮度の落ちやすいしらす。しらす漁の発展には、目の細かい漁網とスピードが出る船の存在が不可欠だったのです。

地域によって異なる呼び名。

ところで、「しらす干し」と呼ばれるしらすの加工品。これは主に関東での呼び名で、関西では「ちりめんじゃこ」と呼ばれているそうです。「ちりめんじゃこ」という呼び名は、しらすを干している様子が絹織物の「縮緬(ちりめん)」に似ているからだとか。しらすから縮緬を連想するとは、昔の人の想像力とセンスに感心です。

作り方は基本的にはどちらも同じですが、関東ではやわらかく細めのものが好まれるのに対し、関西では太くてより乾燥しているものが好まれる、という微妙な違いも。いろいろな地域で売られているしらす干しを、食べ比べてみるのもおもしろいかもしれません。


参考:浜松情報Book

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