原木しいたけ

2014.12.10

香り・味に優れ、日本料理に欠かせないキノコと言えば、しいたけ。今では菌床栽培が主流となっていますが、コナラなどの原木を使って栽培される「原木しいたけ」には、山の恵みが凝縮されています。遠州地域北部の浜松市天竜区春野町は、原木となる木材の産地でもあり、古くから原木しいたけの栽培がさかんです。

【第1話】

産地になるまで

東アジア固有の、香り高いキノコ。

「菌類」であるキノコを食べるという行為は、人類の歴史の中で古くから行われてきたものです。キノコを食用とした最も古い証拠は、紀元前数百年の中国で発見されたとのこと。当時から、中国人はキノコを食用としてだけでなく、薬としても珍重していたそうです。また、古代ローマ人や古代ギリシア人も、すでにキノコを食べていたという記録があります。

数ある食用キノコの中で、しいたけは、日本や中国、韓国などの東アジア原産のキノコです。香りと風味の良さから、日本でも食用として古くから知られていました。今でこそ、手軽に食べられるようになりましたが、人工栽培の技術が確立する以前は、山の中の倒木や枯れ木に自生するものを採取する時代が、長く続きました。

少しずつ解明される、しいたけの正体。

しいたけをはじめとするキノコ類は、長い間、その正体が解明されませんでした。当然、人工的に栽培しようにも、何をどうすれば生えるのか、やりようがないという訳です。そんな中、江戸時代の中頃には、現在の静岡県や大分県でほだ木(シイやクヌギ、クリなどの幹を一定の長さに切ったもの)に切れ込みを入れて胞子がつくのを待つ「ナタ目法」という栽培方法が確立されました。1697年に書かれた日本最古の農書『農業全書』には、しいたけ栽培の方法が記載されているそうです。

しいたけの人工的な栽培は、寛保元年(1741年)に、門野原(現在の静岡県伊豆市)の石渡清助(いしわたり せいすけ)という人物が、日本で初めて行ったという記録が残っています。

秋葉山参りがつないだ、伊豆と遠州のしいたけ栽培

その後、伊豆で栽培方法が確立された「原木しいたけ」。遠州に伝わったきっかけは、一説には「秋葉参り」が関係しているとも言われています。江戸時代中期から後期にかけて、当時原木に使われていたシデの木が、伊豆ではしだいに減ってきました。そんな中、伊豆の茸師(なばし:しいたけ栽培の専門家)が浜松市天竜区にある秋葉山に参詣した時に、この地域にシデの木が多かったことから、遠州で原木しいたけの栽培を始めたということです。

豊かな山林に囲まれ、ほど良い湿度と気温に恵まれたこの地域は、今日でも良質な原木しいたけの産地として知られています。
参考:浜松情報Book、静岡県HP、中村克哉著「シイタケ栽培史 天竜林業とシイタケ」(『菌蕈』2000.8)



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