ピオーネ

2014.08.06

遠州地域で栽培される、大粒のぶどう・ピオーネ。その華やかな香りとさっぱりとした甘さで、子供からお年寄りまで、人気の高いフルーツです。8月のお盆前後が収穫の最盛期ということもあり、贈り物用としてもおなじみ。遠州にピオーネが根付いた歴史を、少しだけひもといてみました。

【第1話】

産地になるまで

希望のぶどうー「開拓者」。

黒い真珠に例えられる大粒のぶどう・「ピオーネ」。生まれ故郷は静岡県の旧伊豆長岡町です。昭和32年に同じく静岡生まれの「巨峰」とアメリカ産の「カノンホール・マスカット」という品種を掛け合わせて誕生しました。誕生当初は「パイオニア」という英語の名前だったそうですが、その後「ピオーネ」と改められました。「パイオニア」は英語で「開拓者」の意。「ピオーネ」は、それをイタリア語風に発音したものだそうです。

巨峰よりも大粒ながら実がしまっていて、甘みもあるこのぶどうはまさに希望の星。新しい時代を切り開く新品種として、その名に期待が込められているのがよくわかりますね。

みかん農家の危機を救う。

ピオーネが誕生して20年ほど、昭和40年代は遠州地域ではすでにみかん栽培がさかんでした。ところがこの頃からみかん栽培に翳りが見え始めます。栽培されるみかんの量が増える反面それとは逆に消費は減っていく、という苦しい状況に直面していたのです。

そんな中、ピオーネは農家の収入増をはかるためのみかんの転換作物として栽培され始めました。ピオーネは遠州のみかん農家にとっても「期待の星」だったのです。

「鉄の女」・サッチャー英首相のお墨付き。

ピオーネ人気に火をつけたのは昭和57年に開催された東京サミット。ここでピオーネを食べた当時のイギリス首相・サッチャー氏がその味を絶賛したのです。サッチャー氏の言葉は新聞紙上でも取り上げられ、ここにきてピオーネ人気は一気に高まります。同じ年には観光ぶどう狩りも始まり、ピオーネの認知度はさらに高まります。

生産高では現在では岡山県など他地域にはかないませんが、ふるさと・静岡県で育ったピオーネの根強いファンも健在です。静岡県内でピオーネの出荷があるのは唯一・遠州地域だけですが、故郷での血を絶やさぬよう、農家の人たちの努力が続きます。



参考:浜松情報Book



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