1BOXカーなどを改装し、ベッドや荷台などを装備した「トランスポーター」を製造・販売。アウトドアでの機能性と快適性を追求し、さまざまな趣味を楽しむ人たちをサポートしています。手軽に購入したい方のために基本性能を選ぶスタイルから、自分仕様にこだわるフルオーダーまで、お客さまに合った一台を制作。ネットショップでのパーツ購入も可能です。
■ホームページ:http://www.ogushow.co.jp/
遊びの道具をいっぱいに詰め込む、トランポ
Tオグショーさんで製造・販売を手がけている「トランスポーター(通称:トランポ)」について教えていただけますか?
小栗トランスポーターは、1BOXカーなどを改装し、ベッドや荷台などを装備した車のことです。バイク、サーフィン、釣りや自転車など、さまざまな趣味を楽しむ方の要望に合わせて、その方にあった一台を制作しています。
私ひとりで始めた事業でしたが、現在では全国からご注文をいただいていて、スタッフとともにサポートさせてもらっています。
私ひとりで始めた事業でしたが、現在では全国からご注文をいただいていて、スタッフとともにサポートさせてもらっています。
Tキャンピングカーとの違いは、何でしょうか?
小栗キャンプや車中泊をするのに必要なキッチンやベッド、シャワーなどを全て装備しているのがキャンピングカーです。トランポは、趣味の道具がしっかりと積載できるのが条件で、加えてお客さまの使用用途に合わせて必要な装備をフルオーダーで製作したりDIYしたりします。
遊び道具をいっぱい詰め込んで、思いっきり遊ぶためにしっかりと眠れる。家族構成やお住まい、趣味や使用用途は一人一人違うので同じトランポは出来上がりません。趣味を楽しむ為の道具の一つとして、より快適なライフスタイルを過ごしていただけるお手伝いをしています。
遊び道具をいっぱい詰め込んで、思いっきり遊ぶためにしっかりと眠れる。家族構成やお住まい、趣味や使用用途は一人一人違うので同じトランポは出来上がりません。趣味を楽しむ為の道具の一つとして、より快適なライフスタイルを過ごしていただけるお手伝いをしています。
四輪レーサーへの憧れと、バイクとの出会い
T小栗さんは、プロのモトクロスライダーとして活躍されていたそうですね。
小栗はい。バイクを始めたきっかけは、高校の時の友人が偶然やっていたことでした。小さい頃から四輪のレーサーになりたいという強い夢があったのですが、車を買うお金もありませんでした。
その頃読んだ四輪レーサーの人の本に、「モトクロスで速い人は四輪でも速い」と書いていたのを覚えていたこともあって、貧乏ながらアルバイトで必死に貯めたお金で中古のバイクを買い、「まずはバイクをやってみよう!」という気持ちで始めました。
そして、最終目標である四輪レーサーへの過程として遠回りではないと思い、真剣にモトクロスのA級ライセンスを目指そうと決めました。金銭的にも厳しい中で必死に技術をみがき、ジュニアクラスで、全日本のチャンピオンになることができました。
その頃読んだ四輪レーサーの人の本に、「モトクロスで速い人は四輪でも速い」と書いていたのを覚えていたこともあって、貧乏ながらアルバイトで必死に貯めたお金で中古のバイクを買い、「まずはバイクをやってみよう!」という気持ちで始めました。
そして、最終目標である四輪レーサーへの過程として遠回りではないと思い、真剣にモトクロスのA級ライセンスを目指そうと決めました。金銭的にも厳しい中で必死に技術をみがき、ジュニアクラスで、全日本のチャンピオンになることができました。
離れて気づいた、バイクへの想い
T決して恵まれた環境ではない中で、実績を重ねていったのですね。
小栗そうですね。ただ、プロとしてこれからという時に、所属していたバイクショップのチームが解散してしまいました。気にかけてくれる先輩はいるけれども、技術的なことを相談する相手はなく、20歳の若者だった私は、どうしていいか分かりませんでした。
当時は、周りに対して恨むような気持ちもありました。いろいろな感情や思いが錯誤しながらも、「もういいや」と言って、私はレースの世界を去ってしまいました。
その後は、周囲の人との距離をとり、トラックの運転手などをやって、2、3年がたちました。ただやはり、「多くの先輩や後輩、支えてくれた仲間がいたからこそ、自分はプロまで行けたんだ」という気持ちも強くありました。
「バイク業界に対して、選手としてではなく、何か自分ができることをしたい」。そんな想いを、次第に強く持つようになりました。
当時は、周りに対して恨むような気持ちもありました。いろいろな感情や思いが錯誤しながらも、「もういいや」と言って、私はレースの世界を去ってしまいました。
その後は、周囲の人との距離をとり、トラックの運転手などをやって、2、3年がたちました。ただやはり、「多くの先輩や後輩、支えてくれた仲間がいたからこそ、自分はプロまで行けたんだ」という気持ちも強くありました。
「バイク業界に対して、選手としてではなく、何か自分ができることをしたい」。そんな想いを、次第に強く持つようになりました。
つづく