遠州ブランドスピリッツ

STORY

地域にひらかれた、木の空間

2016.03.24
■インタビュー/永田木材株式会社 4代目 永田 琢也

浜松市北部の引佐町で、4代にわたり製材業をいとなんでいる永田木材が、この春、地元・天竜の木をふんだんに使った「セミナールーム」をオープンする。木に関することだけでなく、地域の人たちに、さまざまな使い方をしてもらいたいという。その意図と、地元の山や自然環境への想いをきいた。

【第1話】

木の可能性を追求する

鉄道のまくら木から、神社まで

T永田木材さんの創業は、いつ頃でしょうか?
永田創業は昭和14年で、私の曽祖父の代からです。
T当時から、住宅用の木材を製材されていたのですか?
永田いいえ。その当時は、この地域に敷設(鉄道を設置すること)が始まっていた、軽便(けいべん)鉄道のまくら木をつくっていたそうです。最初は合資会社で始め、皆さんでこの辺りの木を伐採していたと聞いています。その後、永田木材として独立したそうです。

会社ができて間もない頃は、神社仏閣や浜松祭の御殿屋台の材料など、どちらかというと特殊な建材をおもに扱っていたそうです。3代目になって、公共施設や一般住宅などの製材も手がけるようになりました。

模索しつづけた、自分たちの強み

T永田さんご自身は、製材の仕事を始められてどれくらいですか?
永田今年で9年目になります。いま思い出しても、最初の1年はほんとうに不安でした。製材の仕事はしていなくても、いろいろと見て育ったので、時代が変わっていく中で、このまま同じことを続けていても、製材会社として事業を継続していくのは厳しいということには、すぐ気づきました。そこからは、どうすれば当社にしかできない仕事ができるか、常に考えています。
Tなるほど。
永田入社当時は、丸太を自分で勝手に砕いてみたり、さまざまな加工をして、木の特性を知り、作ったサンプルを、ストックしていく作業を繰り返しました。会社としては、人工乾燥が主流の世の中で、天然乾燥に特化することを、父と相談して決めたのですが、それだけでは足りないと感じました。でも、それ以外に何が永田木材の強みか、その頃は、まったくわからなかったのです。

製材のあたらしい可能性

永田そんな中、数年前から地元以外の建築関係の方と交流したり、大学院に行って、実際に建築を学んだりする機会に恵まれました。さまざまな建物を見たり、設計のプロの方とお話しをさせていただき、次第に、天然乾燥の木材で、自分たちほど、きちんと含水率や強度を管理して、そのうえ見た目にも美しく製材できる製材会社は、全国的に見てもめずらしいのだ、ということに気づいたのです。

そこで、「これでいい。うちの会社は、まだまだやれることがある!」と見えてきました。
T外に出てみて、自分たちの立ち位置がわかったという感じですね。
永田そうですね。そこからは、ただ注文どおりに製材するのではなく、完成形を考慮して、設計士さんに木材の配置を提案していく、「木材コーディネート」に力を入れるようになりました。

とは言っても、口で言うのと実際にやるのは大違いで、毎回が本当にチャレンジです。でも、そうやって少しずつ経験を積みながら、ブラッシュアップしていけば、地元はもちろん、全国でも通用する製材会社になれると信じて、いま頑張っているところです。

つづく

■PROFILE

永田木材株式会社

浜松市北区引佐町にある、昭和14年創業の製材会社。地元・天竜の杉・ひのきを時間をかけて天然乾燥し、ていねいに製材しています。また、木育などの活動をとおして、持続可能な森林の維持や、地域循環型の木材消費の実現にも取り組んでいます。

■ホームページ:http://www.woody-nagata.co.jp/


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