温室メロン

2014.09.17

T字に整えられた「つる」と、端正な「編目」がトレードマークの温室メロン。袋井市をはじめ、遠州地域で育てられたブランド・メロンは、全国のデパートや高級果物店の棚にならびます。自宅用で買うことは少ないですが、お世話になっている方への贈り物など、大切な場面で頼りになるくだものです。

【第1話】

産地になるまで

「伯爵のお気に入り」

高級くだものの代名詞・メロン。キュウリなどと同じウリ科の植物で、原産地は北アフリカや中近東です。栽培の歴史は古く、紀元前2000年頃から、すでに野菜として育てられていたようです。

遠州地域で栽培がさかんな、皮に編目の入った品種は、中世以降にヨーロッパに伝わったものがルーツ。現在栽培されているのは19世紀の末にイギリスで開発された「アールス・フェボリット」と呼ばれる品種です。「伯爵のお気に入り」という名の通り、イギリスのラドナー伯爵邸の農園で栽培されたこのメロンを、伯爵がとても好んで食べたのだそうです。

日本で最初の温室は、都会の真ん中で。

明治時代になると、欧米の様々な文化とともに新しい品種の野菜や果物も輸入されました。それらをはじめに試験的に栽培したのは、現在の新宿御苑にあった農業試験場。新宿御苑は、江戸時代のあいだは徳川家の家臣であった、内藤家の屋敷の一部でした。明治に入ると、その敷地を政府が買い上げ、「内藤新宿試験場」として近代農業を振興する施設としたのです。

温室メロンの栽培も、この内藤新宿試験場での栽培が日本で初めて。日本初の温室がこんな都会の真ん中にあったとは、今では信じられませんね。

遠州が第二のふるさと。

遠州地域では、1920年前後に袋井や磐田で共同でガラス温室を建て、トマトやキュウリの促成栽培を始めた記録が残っています。メロンは、温室の夏場利用を目的として栽培が始まり、いくつもの品種を試した後、1930年頃にはアールス・フェボリットがその味や果肉実、日もちのよさなどから定着していったそうです。

その後も栽培の技術は日々研究と改良をくり返し、アールス・フェボリットの栽培は日本独自の進化を遂げました。故郷イギリスではもう栽培されていないことからも、遠州がアールス・フェボリットの「第二のふるさと」と言えそうです。


参考:浜松情報Book、『遠州の地場産業』(静岡県西部地域しんきん経済研究所)




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