TOWTOWMI SELECTION

STORY

ゆっくりと近づく、未来の郷土料理

2014.05.22
■インタビュー/イタリア料理 ラカーサ 加納 久寛

郊外から街中へ、2度の移転を経て、2013年11月にゆりの木通り(神明町)にリニューアルオープンしたイタリア料理店『ラカーサ』。カウンター席が中心の小さなレストランでは、オーナーシェフ・加納氏とお客さんたちとのにぎやかな会話が飛び交う。地元素材をとりいれたイタリアンは、派手さはないがほっとする味。ラカーサ再開にかける想いを、イタリアの田舎料理との出会いとともに語ってくれた。

【第1話】

家庭のようなレストランを

なりゆきで始めたイタリア料理

T料理の道には、どのようにして入ったのですか?加納地元の料理専門学校に通ったことが始まりで、そのときは漠然とフレンチのシェフになるつもりでいました。専攻を決めるときに、フレンチにいこうかなと思っていたら、仲の良かったイタリア人の先生に「お前は、絶対にイタリアンだろう?」と言われて、それでイタリアンを始めたのです。Tそのイタリア人の先生が、見抜いてくれていたのですね。加納そうですね。あの先生の性格を見ていると、僕もイタリア人に近いのかな、と思います(笑)。T専門学校を卒業したあとは?加納東京のイタリアン・レストランで働きました。ただ、そういう店にくる子たちは中学校くらいのときから、「イタリアの有名レストランで働く!」みたいな夢があって、話をしていくうちに、すごくギャップを感じて。自分みたいな、漠然とやっている人間とのスタートラインの差を感じました。東京で働いていても気持ちは乗らず、地元の湖西市に帰りました。Tそうだったんですね。加納それでも、その後も料理から離れることはできなくて、豊橋のパスタ屋さんで働いていました。その後、いろいろと事情があって、居酒屋として独立する形になってしまいました。

初代「ラカーサ」誕生

加納居酒屋をやりながらも、やっぱりレストランという形でやってみたいなと思っていたのですが、新婚旅行で行ったイタリアがきっかけになりました。T初めての本場イタリアですね。どうでしたか?加納すごい衝撃を受けました。観光としてメジャーな都市をまわる合間に、現地に住む日本人のガイドさんと、観光地ではないようなトスカーナの山奥に行ったのですが、そこでの田舎料理が衝撃で・・・。本当に素朴で、派手さはないのですが、「なんて、おいしいのだろう!」と思いました。T日本で食べるイタリアンとは全然違うと?加納そうです。自分もそういう料理を作りたいなと思って。地元でレストランのような店を始めるには、少なくとも、遠州地域だったら浜松で挑戦したい、と思いました。それで、26歳のときに浜松市の富塚町でレストランを始めました。
Tトスカーナでの体験がラカーサの原点ということですね。加納トスカーナに行ったときに感じた、田舎のレストランのイメージが自分の中にすごく残っていて、地元の人たちがちょっとだけ背伸びして来て、でも、すごくフレンドリーに接客して、家族経営でやっているというのが印象にあったのです。

お店の名前もイタリア語で「家」という意味の「ラカーサ」にしました。まるで家族に会ったような接客の温かさを大切にしたいなと思って。そこから7年くらいたちます。T初代・ラカーサですね。加納そうです。自分にはバックグラウンドというのが何もなくて、どこで修行したという売りも何もなく、その中でお店を維持していくというのが、最初は本当に大変でしたけれども。

それでも、2、3年やっていくうちに、お店も何とか軌道に乗ってきました。そのころからでしょうか、毎年イタリアに行きたいと思うようになりました。

つづく

■PROFILE

イタリア料理 ラカーサ

カウンター席中心のこじんまりとした店内は、お客さん同士の距離も自然と縮めてくれます。オーソドックスなイタリアの田舎料理から遠州の旬の素材を使ったオリジナルメニューまで、気取らないイタリア料理と、加納氏セレクトの個性豊かな国産&イタリアワインを楽しめます。


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