遠州ブランドスピリッツ

STORY

遠州育ちの木を、手仕事で「家」に

2014.10.23
■インタビュー/有限会社石牧建築 代表取締役 石牧 真志

大工が材木から加工する、伝統的な「手刻み加工」による家づくりを手がける【石牧建築】。一見、古き良き伝統への「こだわり」と見えがちだが、代表の石牧氏には、現代を生きる職人としての、未来への想いがあった。遠州地域北部の山林にある、石牧建築の加工場を訪ねた。

【第1話】

父が教えてくれた、家づくりの面白さ

あまりに身近だった、「大工」という職業

T石牧建築さんは、昔ながらの大工さんとして、住宅を建てていらっしゃるとのことですが?
石牧はい。父の代から大工として、伝統的な手加工で家を建ててきました。私の代になってからは、個人の大工というより、工務店のような体制をとっています。2年前から、浜松市天竜区の春野町にある、この加工場で、材料となる木材を加工して、大工数名で家づくりをしています。
T石牧さんご自身は、大工になられて、どれくらい経つのでしょうか?
石牧高校を卒業してからなので、18年です。ただ、幼少の頃から高校まで、ずっと家で大工仕事の手伝いやアルバイトをしていました。
Tそうだったのですね。その頃から、大工になりたいと思っていたのですか?
石牧いえ。「家業を継ぐ」というのは、なんとなく少し格好悪いと感じていました。それに、親と一緒に仕事をするというイメージも、全く湧きませんでしたし。高校の途中までは、大学に行こうと思っていました。

大工になることを決心した、高校2年の出来事

Tそんな中で、大工になろうと決心したのは、なぜでしょうか?
石牧高校2年生のあるとき、新築の家が仕上がり、父に「床の養生をはがすので、掃除に来い」と言われたことがありました。それまでは、完成した家を見るという機会もなく、イメージも湧かなかったのですが、実際に実物を目の当たりにして、想像以上に感動しました。お客さまも、とても喜んでくれていたのが印象的で。それで、「ああ、やっぱり、この仕事はいいな!」と素直に感じたのです。これならば、自分も楽しく仕事ができるのではないかと、確信しました。
Tその出来事で、グッと気持ちが動いたわけですね。
石牧そうです。とは言っても、小さい頃、「大きくなったら何になりたい?」と尋ねられたら、いつも「大工です」と答えていましたが(笑)。

社会人でもなく、学生でもなく、「見習い」という肩書き

T大工になりたての頃は、どんな感じだったのですか?
石牧最初はもちろん、見習いからでした。給料という給料はなく、小遣いを月に5万円ほどもらって生活する、という感じでした。そのことが、一番辛かったですね。昨日までは対等に付き合っていた友達は、社会人や大学生になっていく中で、自分だけは居候という感じで、それがたまらなく嫌でした。

それで、その当時は誰とも遊ばず、仕事ばかりしていました。お金もありませんでしたし。でも、今思えば、大工として一人前になる上で、それがとても良かったのだと思います。

つづく





■PROFILE

有限会社石牧建築

遠州・天竜地区でとれる木材を使い、伝統的な「手刻み加工」による家づくりを手がけています。杉やひのきの山林に囲まれた、浜松市天竜区春野町の加工場は、街中の喧噪から離れ、木とじっくり向き合える場。そこから生み出される家は、まさに「遠州生まれ・遠州育ち」です。

■ホームページ:http://www.ishimaki.com/

go to pagetop