天竜川の礎を作った偉人 前編

2015.09.22
みなさんこんにちは、Kengoです。少しずつ浜松周辺も寒くなり、布団にくるまりぬくぬくしたい季節が近づいてきましたね。遠州灘からの空っ風が吹き始めるのもそう遠くはないでしょうか。

さて、今回は、天竜川へスポットを当てたいと思います。

浜松と磐田を隔てるその川は、日本で第9位の全長を誇る1級河川です。小さい頃、セイゴや手長海老を釣ったり、バーベキューをしたり、時にはゴミ掃除をしたり、天竜川には思い出があります。最近天竜川へ足を運んでいなかったので、久々に行ってみました。

家から車で走ること5分すぐに到着。(近っ!笑)
なんといい景色でしょうか。風車や遠州大橋もよく見えて、天気も良好。すっかりのんびりしてしまいました。

天竜川では、マリンスポーツを楽しむ方もいれば、釣りをする方もたくさんいます。休日となれば大勢の人で溢れています。

釣りをよくする方はご存知かと思いますが、遠州灘と混じりあう場所には、大型のセイゴやヒラメが釣れます。また、土砂を山から運んでくるため、それが中田島砂丘を形成し、ウミガメの産卵地となっていることも有名でしょう。天竜川は遠州の自然の一部を作ってくれているんですね。
河川敷に育つ数々の植物。ここでふと気がつきました。
堤防でかい!そして、堤防に草が生えている!
調べてみると天竜川の堤防は土を積み上げてできているようです。だから草が生えているんですねー。この堤防の作りを見ていると、台湾を思い出します。日本統治時代に多くのインフラが日本軍によって整備されました。河川もその一つで、見た目がすごく似ているのです。まさか、こんなところで、繋がりを感じることになるとは思いませんでした。

さて、この堤防ですが、遠州に住んでいる人なら、絶対一度は聞いた事がある人物がいるでしょう。そう、金原明善です。昔天竜川は、「暴れ天竜」として広く知られ、雨が降れば堤防が決壊し、多くの被害を出していました。明善は、私財を投げ出し、天竜川の堤防を作った人として有名ですが、東京ドーム200個分の面積に、植林を行ったり、運送業、印刷業、銀行など多くの会社を経営する事業家の側面もありました。

次の記事では、明善の生い立ちや、天竜川との繋がりを紹介したいと思います。

COLUMNIST

Kengo Shimazu

天竜川のほとりでのびのびと育った20代。シンガポールと台湾での生活を経て、現在浜松在住。遠州の魅力発信に燃えている浜松男児。

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