故郷で夫とはじめた第2の人生?序章・後篇?

2015.06.05

受かるかどうかなんてわからないんだから、書類だけでも書いてみればいい。そんなことも思ったけれど、応募書類に全く手が付かない。あまりにも手が付かないものだから、途中で書くのをあきらめた。応募書類が書けないんだから、行く流れではないということだ。そう思って、もうそのことを考えるのはやめて、しばらく放置していたのだった。でも自分の中では迷いがなくなることはなかった。いろんな人に相談をしたり、自分にもたくさん問いかけた。そして両親にも遠まわしに聞いてみたのだ。

「なんか浜松の山の方でこういう仕事があるんだけど、そっちで仕事するとしたら、車使わせてくれる?」

両親はまさか浜松に私が引っ越してくるとは思わなかったらしい。月に何回か、定期的に通って仕事をするように思っていたらしい。

「こっちで車使うなら、じいちゃんの車が1台余ってるよ」

なんと、車までしっかり用意されてるなんて!(笑) 車なんて学生の時に免許取ったきり、13年間乗っていない。そのことも不安をかすめたが、実は私、すでに前の年に思い立って遠鉄の自動車学校でペーパードライバー教習を受けていたのだ。
まだ祖母が亡くなる前で、祖母から色々教えてもらおうと、ちょくちょく実家に帰るようになっていた頃。浜松にいるときだけでも車が乗れたら便利だなぁと、苦手意識があった車の教習を受けていたのだ。もちろんこの求人に出会うなんて夢にも思わないまま・・・

すべてが整えられていくようにしか思えなかった。私の内側が抵抗すればするほど、周りの環境は静かに浜松行きを後押ししてくれているようだった。それでも私は抵抗し続け、結局応募締切前日まで全く書類に手を付けることもなかったのだ。

応募締切前日の朝。正直応募することも、書類を書くことも、すっかり忘れていた。その日が締切前日だなんて思いもしなかったのに。。。なぜかその朝、ふと思い出してしまった。そして「書こう」と思い立ってしまったのだ。その時初めて締切前日であることを知る。

「書いて出そう。今なら間に合う。」

もしかして私は浜松行きを予感していたのかもしれない。応募書類を書いたら本当に現実になってしまいそうで、怖かったのかもしれない。思い立って応募書類を急いで印刷して、そのまま下書きもなしに筆を走らせる。なぜか一つの誤字脱字もなく、書類の枠ピッタリに自分の想いが収まった。すごい勢いで書類を書き、速達で提出。その後はトントンと話が進み、書類提出の半月後には引佐行きが決まっていた。

書類を提出した後、夫に報告。(すでに事後報告なのだが・・・)夫が言った一言。

「やっぱりやると思ってたよ」浜松行きが決まった時も、「行くことになると思ってたよ」と。

この人はすごい人だと思った。私は夫に言ってみた。

「3月で会社辞めれない?」

・・・めちゃくちゃだ(笑)我ながら何を言ってるんだろうと思ったけど本音だった。

「3月は無理だな・・・」

そりゃそうだよね。

そんな流れで私は単身、浜松へ引っ越すことになった。夫が浜松にやってくるのはそれから半年後、10月のことだった。

?続く?

COLUMNIST

Sayumi Inoue

平成26年より、浜松市の中山間地域のサポートを行う「浜松山里いきいき応援隊」・引佐地域担当として採用され、18年ぶりに浜松へUターン。昨年秋には夫も東京から移住し、夫婦での山里暮らしをスタート。地域に関わりながらそこに暮らすことで、日々自分の人生を再構築中。

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